ツイッター上のアカウントで、10万人以上のフォロワーを誇る人気ライター。なかでも「妄想系恋愛ストーリー」によってこの1~2年で存在感はうなぎ登り──。ユニークなセルフブランディングによって今のポジションへと一気に駆け上がったさえりさんに、これまでの足取りと活動ぶり、セルフブランディングについてお聞きしました。

第1話
夢をかなえるためにブランド力を高めたい。

本の執筆、商品企画、絵本づくり、作詞。やりたいことは山積みだった。

─子どもの頃から、書くことがお好きだったのですか?

そうですね。自分の内面を綴るとスッキリするので、中学生の頃からポエムを書いていました。好きな写真と自分のポエムとを組み合わせて当時すごく話を聞いてくれていた学校の先生にプレゼントしたこともあります。大学生の頃もツイッターをやったりブログを書いたりして発信していたのですが、当時はツイッターでフォロワーが1000人くらいしかいなかったのに、100部限定で作った本が完売したりして、身をもってインターネットの凄さを体験したものです。

─当時ツイッターでフォロワーを増やすことには、どんな意義を感じていましたか?

ツイッターによって自分のブランド力を高めたいと思っていました。有名人になりたいわけではありませんでしたが、「将来何をしたいか」と漠然と考えた時に「あれもしたい、これもしたい」とたくさんの夢が出てきたんです。けれど、それらのどれが仕事にできるかわからないし、方法もわからない……。でもわからないならわからないなりに、まずは多くの人にメッセージを届けられる立場にいたほうがいいと思ったのです。ツイッターが盛り上がりだした学生の頃は「個人の時代」などとも言われ、ツイッターへの投稿が広く伝播すること自体にも面白さを感じていました。

─当時の夢とは具体的には何でしょうか?

本を書くこと。商品を企画して形にすること。絵本のシナリオを書くこと。作詞をすること。書くことに関係したことが主で、「今ある日常をちょっとだけ豊かにするもの」を作りたいと思っていました。

父は銀行員だったのですが、私自身は大きな会社に就職して、その会社で働き続けるというイメージがどうしても持てませんでした。仮に入社できてもそこに居続けられる自信もなかったというか……。一方、大学時代にはラジオ番組を楽しそうに作っている大人たちと出会い、私もラジオに出演させてもらったりするうちに「世の中には、“楽しく、まるで遊ぶように働く”という選択肢もあるんだな」と思うようになりました。

─そして、そのまま夢に向かって突き進まれた、と。

いえ、夢をかなえたい、と言ったところで周囲からは「現実を見ろ」と諭されました。「好きなことやって生きたいってのはみんな思うわけ。でもね……」と一蹴されていましたね。そこで就活をストレートに頑張らない組、つまり学生起業家をめざす「意識高い系」の人たちと付き合うようになっていって、最初は彼らののびのびした様子を見て「ここが自分の居場所だ!」と感じたものの、だんだんそんな環境にも疲れてしまったのです。焦って間違った場所に自分の居場所を見出そうとして、ちょっと鬱っぽくなってしまったというか。そこで一回、大学を休学して実家の山口県に帰りました。よく考えたら、焦りすぎていたんです。何をしたいかもわからないまま、けれど“何かをしたい”のは明確で、その“何か”のために必死になりすぎていたというか。

いろんな夢は棚上げして、出版社に就職することに。

─大学卒業後は出版社に入社されましたね。

そうですね。それ以前に考えていた「ブランド力を高めよう」「就職しない道を探ろう」をひとまず棚上げした格好です。学習参考書やビジネス本などを出している小さな出版社で、編集のアシスタントをすることになりました。一般書部門は私と上司の2人だけだったので、いろいろと教えていただきました。

─社会人になってみてどう感じましたか?

本を一冊まるまる書く人たちを目の当たりにして、プロの文章を目の前で読ませてもらえて面白いなと思うと同時に「これは自分には書けないな」とブックライターや作家さんの文章の力を感じましたね。圧倒されて、「やっぱり文章を書く人なんて私には無理だったのかもしれない」と思っていました。

一方、編集の仕事は面白かったです。企画をする様子、プレゼンをしに行くとき、原稿が上がってきた時、著者とのやりとり……。いずれも刺激的でした。でも、書籍の分野が私の日常とはあまりにも遠いものが多く、たった二人の部門なのに同じ方向を向いて物事を考えられなかったんです。そんなのって会社にとってもあまりハッピーじゃないですよね。それに今思うとインターネットの世界に比べて、ものごとがゆったりと進みがちな出版の世界では、新しいことはなかなか進展せず、もやもやとすることも多かった。そう考えるうちにいてもたってもいられなくなって、1年で辞めることにしました。

─次の仕事は決まっていたのでしょうか。

決まっていませんでした。貯金も皆無に等しかったので、すごく焦りました。なんとなく次は「Webの編集かな」と思っていた矢先に、仲のいい友人ふたりから「株式会社LIG(リグ)が編集者を募集しているよ」と言われたのです。

そこでLIGに連絡してみたら「一度遊びにおいでよ」と言われたのでふらっと足を運んだら、それが面接だったという(笑)。男性社員4人がみんなして私の経歴をWeb検索するのです。目の前で「過去にこんなの書いていたのか」「こんな活動をされていたのですね」と丸裸にされてすごく恥ずかしかったけど無事採用していただきました。

今振り返ると、LIGでのびのびと働けたことは自分にとっては大きかったですね。LIGにいなかったら、後にこんなに早く独立してはいない。それだけは確かです。

(企画:池田和助 写真:榊智朗 取材:立古和智)

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さえり

フリーライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。
Twitter:@N908Sa

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