広告コミュニケーションの世界で多くの受賞実績があり、「明日の広告」などの著書で、この分野の先導的な役割を担っている佐藤尚之(さとなお)さん。新刊『ファンベース(ちくま新書)』を上梓したさとなおさんに、これからのコミュニケーションのあり方について聞きました。

第1話
いま 「ファンベース」が重要とされる理由とは

【ファン】とは、売上全体の8割を支える大黒柱。

─新刊『ファンベース:支持され、愛され、長く売れ続けるために(ちくま新書)』(外部サイトへのリンクになります)を本日上梓されました。
おめでとうございます。(新刊の発売日に取材)
さとなおさんの最新刊の書名にもある「ファンベース」とは、どういうことでしょうか?

ファンベースとは、ファンを大切にしファンをベースにして(ベースには土台や支持母体の意味があります)、企業や商品の持つ価値や売上げを中長期的に伸ばしていこうとする考え方です。

僕はファンのことを、企業や商品の持つさまざまな価値を支持している人と定義しています。実は、彼らこそが企業の売上を支える大黒柱であり、「上位2割の顧客が、売り上げの8割を支える」という、いわゆる「パレートの法則」を当てはめることができます。

実際、さまざまな業界の事例を調査してみました。数字に多少のバラつきはあったとしても、多くの商品やサービスにこの法則が合致しています。つまり売上の大半を支えるファンを大切にすることこそが、収益の安定化とさらなる成長への第一歩となるわけです。

─なぜ今、ファンベースの重要性が増しているのでしょうか?

そこには社会的な背景が大きく影響しています。まず、今後40年で日本の人口が4000万人も減少するとされるなかで(4000万人というとカナダ1国分減るわけです)、買ってくれる人数を全体的に増やしたり、新規の顧客を増やすのは、物理的に難しいですよね。高齢化にも歯止めがかかりません。

人は年齢を重ねると好奇心も減り新しいものに手が出なくなりがちなので、高齢化社会においては新規顧客の獲得はさらに難しくなります。だからこそ今後も安定した収益を上げ続けるには、新規顧客を増やすよりも、既存のファンを離さないことが先決となるのです。

また昨今は、広告やキャンペーンだけで何かを伝えるのが大変難しい時代です。伝わっても一瞬で忘れさられます。こういった状況に対処するためにも、ファンベース的な考え方は有効です。

情報過多時代!  もはやバズらせたくらいでは、情報は行き届かない。

─なぜ広告で伝えることが難しくなってしまったのでしょうか?

世の中に流れる情報が多過ぎるからです。2005年に世界的な情報爆発が起き、2011年には世の中を流れる情報の量が1ゼタバイトを超えました。これは世界中の砂浜にある砂粒の数を上回る量です。

さらには、東京オリンピック・パラリンピックのある2020年には45ゼタバイトを超えると予想されています。自分たちが発信した情報が、その無限な砂粒の中の一粒に過ぎないのだとしたら、それが生活者に届かないのも当然ですよね。運良く届いたとしても、私たちはすぐに他の情報に意識を移します。数時間から数日で記憶の彼方です。

さらに2015年以降の日本で顕著なのが、ネットやSNSを積極的に使う人とそうでない人の二極化です。例えば、ツイッターを月に1回以上使う人は4500万人ほど(2017年10月現在)ですが、ニールセンの調査によると、そのうち2割のヘビーユーザーが全体の8割の時間を使っています。つまりツイッター上でどんなに話題になったとしても、それを共有できる相手は900万人程度に留まる計算です。

─残りの1億1千万人には、バズもほとんど届かないわけですね。

その通りです。都道府県別検索量の調査を見ると、Web検索をする人も東京に一極集中しています。もちろん地方でもインターネットは利用されていますが、メールやLINE、ソーシャルゲームの使用がほとんどで、ネット上で能動的に情報を探す人は少数派です。

若い世代についても状況は深刻で、OECDの各種統計を見ると、日本の15歳は、世界の子どもたちと比べてパソコンやネットを活用する割合が圧倒的に少ないどころか、ほぼ世界最低であることがわかっています。

つまり、ネット上の情報が届かない人が思いのほか多い上に、ネットを活用している人には情報が多過ぎて伝わらないというのが現状です。そうなると、どんなにSNS上で優れたコンテンツを発信してバズらせても、すみずみに情報が行き届くことはありません。

人を動かすのに、ファンの言葉以上に有効なものはない。

─このような状況下で、ファンベース的な考え方ではどのように情報を届けていくのでしょうか?

ファンの口コミによって情報を届けます。情報過多の時代において、人々が最も信頼を寄せるのは「価値観の近い友人の言葉」です。あるファンの「この映画が大好き」という言葉は、周りの価値観が近い友人たちに大きな影響を及ぼします。

価値観が近いのだから、その言葉(ファンベースの考え方ではオーガニックな言葉と呼ぶ)に動かされた人が新たなファンになる可能性も高い。もちろんファンだからといって、必ず口コミを伝えてくれるわけではありませんが、ファンとしての熱量が高くなると、思わず友人におすすめしてしまう瞬間ってありますよね。だからファンの熱量を高め、口コミが生まれやすいように工夫していくことが大切になります。

ちなみに僕は、テレビCMのようなマス広告を否定しているわけではありません。まだファンのいない新商品の場合は、マス広告で認知度を高める必要もありますし、インターネットを積極的に使わない人たちにリーチするにはやはりマス広告が有効です。商品ジャンルによっては流通対策としても重要です。

ただ、とても伝わりにくくなっている。そういう場合でも、ファンベース的な施策でファンの熱量を高めていると、マス広告はファンの口コミを誘発するきっかけにもなってくれるでしょう。今後ファンベースとマス広告をうまく組み合わせて使っていくことは、最も有効なプランニングのひとつになると考えています。

次回のフラクタビューでは、さとなおさんに、このファンを喜ばせて、共感・愛着・信頼を高めていく秘訣や人生をしあわせにしていく「つながり」づくりについて伺います。

企画:大塚正樹 森谷太一 佐藤伶奈 写真:榊智朗 取材:立古和智 福地敦

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佐藤尚之(さとなお) さん

コミュニケーション・ディレクター、株式会社ツナグ代表、株式会社4th代表、大阪芸術大学客員教授、東京大学大学院非常勤講師。
1985年株式会社電通入社。マス広告、ネット広告、コミュニケーション・デザインに携わる。2011年3月に独立し株式会社ツナグを設立。広告コミュニケーションの枠にとらわれない幅広い仕事に取り組む。また株式会社4th代表としてコミュニティを運営。著書は『明日の広告』『明日のコミュニケーション』『明日のプランニング』など多数。
最新著書『ファンベース:支持され、愛され、長く売れ続けるために(ちくま新書)』

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