広告コミュニケーションの世界で多くの受賞実績があり、「明日の広告」などの著書で、この分野の先導的な役割を担っている佐藤尚之(さとなお)さん。新刊『ファンベース(ちくま新書)』を上梓したさとなおさんに、これからのコミュニケーションのあり方について聞きました。

第2話
ファンとともに、新たな価値を磨き上げる

ファンとともに、新たな価値を磨き上げる

─ファンを大切にするために、企業がするべきことは何でしょうか?

例えば、バーなどの飲食店とそこに通う常連客との関係性をイメージすればわかりやすいかもしれません!

「ファンを大切にする」とは、「常連客に喜ばれるお店作りをすること」と似ています。
ここで肝心なのは、常連客をたくさん増やそうとして、八方美人なお店作りをしないこと。
それでは今いる常連客たちの心が離れてしまいます。

むしろ大切になるのは、すでにファンである彼らの声を傾聴することです。
彼らが「リラックスできるお店」と評価しているなら、「どうすればもっとリラックスしてもらえるか」に知恵を絞ります。その上でほかにも無数にある「リラックスできるお店」とは異なる「他と代えがたい存在」になることを目指していきます。

─どうしたら「他と代えがたい存在」になれるのでしょうか?

評価を伸ばすことが「共感」を得ることだとしたら、他と代えがたい存在になるためには「愛着」を得る必要があります。例えば、バーがオープンするまでのストーリーを耳にしてマスターの人柄がわかると、そのお店に特別な愛着が湧きますよね。

企業の場合も同じです。商品開発の裏側にあるストーリーや、そこで汗を流す社員のことを知ってもらうことで、ファンの愛着を獲得できるのです。

そうやって愛着を得たら、最後に必要なのは「信頼」です。
企業がどんなに優れた価値を提供していたとしても、企業自体の評判が悪くては信頼されません。
お気に入りのバーのマスターに悪い噂が立てば、客足が遠くのと同じことです。

信頼を得るには、商品力や品質の根拠となる製造工程などを丁寧に示すことも有効でしょう。誠実なやり方を選ぶことも大事です。また、ファンであることが恥ずかしくなるような振る舞いは慎まなければなりません。

ファンの言葉には成長へのヒントが詰まっている。

─具体的な一歩として、企業はどんなアクションを起こすべきでしょうか?

先述の通り、まずは「傾聴」することでしょう。
よくグループインタビューやアンケート調査でファンの声を集めようとしますが、それらはあまり効果的ではありません。なぜなら、ほとんどのファンは自分が商品のどこをどう評価しているのかを言語化できていないからです。

そこでおすすめなのが、ファンミーティングです。
ファン同士が語り合ううちに、ファンは商品のどこに魅力を感じているのかを言葉にできるようになります。その言葉に耳を傾けると「こんなところが評価されていたのか」と、開発者でも驚くような発見が必ずあるものです。

こうして支持されている価値を明確化したら、さらにそれを伸ばしていきます。

─現状維持ではなく、価値を伸ばしていくことが重要なのですね。

その通りです。よく誤解されますが、ファンベースは今ある価値をキープする手段ではありません。
好きな歌手には、ずっと同じ歌を歌い続けるだけではなく、どんどん新曲を発表してほしいものですよね?

それと同じで企業や商品のファンも、自分たちが支持している価値をもっと発展させていってほしいと願っています。その期待に応え、ファンとともに新たな価値を育てていくことこそが、ファンベースなのです。

ファンベースだけにとらわれるつもりはない。

─ファンベースには、マーケティングなどの枠を超えた企業全体での取り組みが必要になりそうですね。

そうですね。マーケティングだけではなく、コールセンターから、営業、広報、経営まで、すべての部門がファンを意識しなければ、結局ファンは離れてしまいます。

例えば不祥事を起こして謝罪するにしても、世間ではなくファンに向かって謝るべきです。きちんと納得すればファンは擁護に回ってくれます。
ここで大切になるのは「ファンをどれだけ真っ直ぐに見つめられるか」です。今後ますますそれが問われる時代になるでしょう。

─さとなおさんは著書『明日の広告』を上梓された頃から、常に時代の流れを意識して、新しい方法論を提案されてきました。

「新しさ」を求めているわけではありませんが、時代の変化を追っているうちに、自然とそうなりました。

「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でグランプリをもらった翌年の講演会で印象的な出来事がありました。
ある若者に「グランプリって言っても、そのキャンペーンって、もう昨年のものッスよね」と言われたのです。
ショックでした。「どんな情報でもあっという間に古くなるネット的な感覚では、昨年の実績を誇らしげに語るのは格好悪いし、害なのだ」と。

それからは、なるべく成功体験はすぐ捨てるようにしています。だからファンベースに執着するつもりもありません。

もちろん現時点では、ファンベースの考えは有効だと思っています。しばらくはファンベースに取り組む企業のサポートに励むつもりですが、ファンベース自体もより効果的なものに進化させていくつもりです。

その一方で『明日の広告』の頃から変わらない考えもあります。それは「不特定多数の人ではなく、相手を選んでコミュニケーションしよう」ということ。どんな手法をとったとしても、基本はこれなのかなと思っています。

次回のフラクタビューでは、さとなおさんがいま力を注がれている「コミュニティ」運営と、人と人との「つながり」について伺います。

企画:大塚正樹 森谷太一 佐藤伶奈 写真:榊智朗 取材:立古和智 福地敦

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佐藤尚之(さとなお) さん

コミュニケーション・ディレクター、株式会社ツナグ代表、株式会社4th代表、大阪芸術大学客員教授、東京大学大学院非常勤講師。
1985年株式会社電通入社。マス広告、ネット広告、コミュニケーション・デザインに携わる。2011年3月に独立し株式会社ツナグを設立。広告コミュニケーションの枠にとらわれない幅広い仕事に取り組む。また株式会社4th代表としてコミュニティを運営。著書は『明日の広告』『明日のコミュニケーション』『明日のプランニング』など多数。
最新著書『ファンベース:支持され、愛され、長く売れ続けるために(ちくま新書)』

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